2019・ZERO展 受賞者座談会
河合芙幸+久保田晴名+大濵千尋
進行 竹垣惠子
今年のZERO展では、若い女性の入賞作家が目立ちました。中でも、大賞の河合芙幸さん、新人賞の久保田晴名さん、塚本学院校友会会長賞の大濵千尋さんの3名は、大阪芸術大学出身で、大学院に進学したり、副手として勤務したりと、似た環境で制作を続けて来られたというバックグラウンドがあります。そこで、今回は、ZERO会会員で同大学准教授の竹垣惠子先生を交えて、座談会形式でお話をうかがいました。
竹垣 今日はお忙しいなか、みなさんお集まりいただきありがとうございます。早速ですが、まずアートの世界に入ったきっかけを聞かせてください。
久保田 父が昔から趣味で絵を描いていて、姉も絵が好きっていう環境で、その影響だと思うんですけど、小さい頃から絵を描くのは好きだったんです。中学の時も美術部で、高校も美術科に進んで、油画とか彫刻とかデザインとか勉強して、その中で銅版画に出会いました。
竹垣 版画のどこに惹かれた?絵のように直接描くのとは違うところが面白かったんやろか。私らがやってる工芸も間接的な表現だからこその面白みがあるんやけど。
久保田 それもありますが、銅版画は何よりニードル(針)で細部にわたって描き込めるので、そこが一番楽しかったですね。
河合 私も子どもの頃から絵が好きで、中学の早い段階から美術系の高校に進学しようと決めていました。高校では1年生で絵画、版画、デザイン、イラスト、工芸を一通りやりました。そのなかで、油彩や美術史にも惹かれたんですが、染織に一番興味を持ちました。
竹垣 それはなんで?
河合 母が着物好きで、私も小さい頃三味線を習ってたというのもあって、着物が身近にあったからかな。それに、高校の時に染織を習った先生が大阪芸大出身の方で、竹垣先生と同級生やったという縁もあって芸大進学を勧められて、実際オープンキャンパスとかいったら、いちばん設備がよかったんで、じゃあってなりました。
竹垣 はまちは? あ、はまちっていうのは、大濱さんのことね、うちの卒業生なので、つい(笑)
大濵 はまちです(笑)。私も、父が美大出身で美術の教員をやってたからか、物心つく前から絵が好きで。高校はお二人と違って普通科だったんですけど。
竹垣 確か、かなりの進学校やったよね
大濵 まあそうですね。でもその中でも美術部に入って、油絵を描いてたんですけど、その時間が自分にとってすごく貴重な時間で。
竹垣 本来の自分に戻れる、みたいな。
大濵 そうそう。だから、大学も美大を真剣に考えました。ただ、進学校なので、普通の勉強もしていて、芸術系以外の大学を第一志望にして準備していました。でも、やっぱり美術の勉強も諦めきれず、大阪芸大も受験したんです。学科で悩んだときに、「工芸、面白いんちゃう」っていう父の一言で、工芸やったことないし面白いかもって軽い気持ちで工芸学科にしました。
竹垣 芙幸ちゃん(河合さん)は工芸の中でも最初から染織って決めてたみたいやけど、はまちは?
大濵 1回生のときに、工芸の4コース(ガラス、陶芸、金工、染織)一通りやるんですけど、染織がいちばん自分に合ってるなと思って。布の手触りとか好きで。高校で絵を描いているときは、自分のペースで自由にやれてたんですが、工芸には手順とかいろいろ約束事があって、ガラスとか瞬時の判断も求められるし、直接手で触ることもできなくて、最初はすごく戸惑って、「工芸入ったの、失敗やったかも」って後悔したこともあったんですけど、周りに助けられたというか。みんな仲よくて、それでいて、馴れ合いにはならず、みんな退路を断って、この道に邁進するんやっていう雰囲気があって、そういうのに励まされました。
河合 私は逆に、高校のときに一通りやってたので、1回生のときは、正直「またか」と面倒に思ってました。染織だけやりにきたのにっていう思いで。後になって、やっぱり一通りやっといて良かったって思うんですが。
竹垣 晴名ちゃん(久保田さん)は美術学科やけど、やっぱり1回生のときは高校の繰り返しって思った?
久保田 そうですね、やっぱりちょっと退屈には思いました。デッサンとかさぼってしまったり。私の場合、実は入学時点で一度挫折があって、第一志望のキャクター造形学科に落ちてしまって。
竹垣 あー、初年度か、二年目で、めちゃくちゃ競争率が高かったときちゃう?
久保田 そうです、そうです。それで美術学科に入ったんで、最初から少しモチベーションが不足してたのかもしれません。アーチェリー同好会に入ったり、体育会の役員をやったりと学部生時代は、大学で学ぶことよりも、勉強以外のことに夢中になってたっていうのがあって。3-4回生で、好きな銅版画を専攻したんですが、担当の山本善一郎先生が自由にやらせてくれる人ですごくいい先生なんですが、当時の私にとっては、何をしたらいいんだろうって。その頃は今とは違って、イラストっぽい作品を作ったりしていました。
竹垣 それでも大学院に進学したのは?
久保田 やっぱり学部時代にちゃんと制作に向き合わず、やり残した感があったので、リベンジしたいっていう思いから進学しました。副手として残ったのも、しっかり極めたいという思いもあって。
竹垣 芙幸ちゃんも研究科に進学したけど
河合 私の場合は、学部時代も充実していました。はまちも言ってましたが、陶芸とか他のコースの子とも仲がよくて、助け合って、でもなあなあじゃなくて、しっかり意見を言い合えるような関係で、救われました。
4回生のとき進学せずに副手になろうかと思っていたんですが、教育実習に行った先でそこの先生から「先生になったら、自分の作品のことは考えてはいけない」と言われて。それで、私はまだ先生の立場になるべきではないと思ったんです。副手は先生のお手伝いをする仕事で、立場としては先生に近い。学生のことを第一に考えないといけなくて、自分の作品作りは後回しというか、空いてる時間にしかできない。自分の作品に集中したいんだったら、進学するしかないと思ったんです。それで大学院を修了して、その後に副手になりました。副手時代には、色んな先生のお手伝いをしますから、それまで臈染め一本だったのが、色んな技法を学ぶ直す機会になって、視野が広がったというか、楽になりました。
竹垣 はまちは、進学せずに副手になったけど
大濵 作品を作ることに対して、ずっと、やめたいという気持ちと、やりたいという気持ちを行ったり来たりしていて。3回生からは、いわゆる染織の技法から離れるような感じで制作をしていて、卒業を前にして、自分はこの4年間で、自信をもって染織を学べたとは言えないなと思って。それで、先生のお手伝いをしながら、色んな技法をつまみ食いというか、一通り基礎をおさらいできるなと思って副手になりました。今後どうしていくかは、具体的にはまだないんですが、学生さんのお手伝いをしながら、自分も色んな技法の勉強ができていて、刺激も受けられるし、副手になってよかったなと思っています。
竹垣 はまちはまだ今年一年間は副手やけど、他の二人はもう大学を離れてます。今の状況は?
久保田 仕事は、大学の学生課の職員の方のご紹介で、現在は校友会の事務局で嘱託職員として勤務しています。制作は、友人と部屋を借りて共同アトリエにして、そこで制作しています。大学の設備をお借りすることもあります。今のところ、仕事と制作のバランスは取れている感じですね。
河合 私は、今年の4月からクラフトパークでアシスタントの仕事をしています。副手時代と同じような内容なんですが、やっぱり先生のやり方も違うし、生徒さんは老後の趣味で来られているという方も多くて、大学の時とは勝手が違って、戸惑っているところです。自分の作品の制作は、まだペースがつかめきれていませんが、いかに狭い場所で大きな作品を作れるか(笑)考えています。
竹垣 なるほど。では、ZERO展の話になりますが、3人とも初出品でしたが、出品のきっかけは?
久保田 京都でグループ展をずっとやっているんですが、みんな忙しくなって、毎年やっていたのが、2年に1回とかになって、作品を発表する機会が減ってきてたんです。それで公募展に出すようにしていたんですが、昨年から今年にかけて少し自信を失っていたこともあって、何にも出してなかったんですよ。そこにちょうどZERO展へのお誘いがあって、いい機会だなと思って。
大濵 竹垣先生に誘われて(笑)。私、公募展に出したことがなかったんですよ。普通、公募展ってどのジャンルか選択して申し込むじゃないですか。でも自分の作品はどのジャンルで出したらいいのか、とか色々迷ったりして。その点、ZERO展はもともとノンジャンルということもあって、出しやすいなって。
河合 私は、副手をしていた最後の一年で、色んな公募展に出しまくろうと思ってやってました。その最後の仕上げが2月のZERO展でした。夏くらいから、いろいろ作風を少しずつ変えながら、いろんな作品を作って、いろんなところに出してきたんですが、ZERO展に向けた作品では、もうこれが最後やし、自分のずっとやりたかった型彫り、型染めを思い切りやろう、と。それにこれまで経験を積んできた臈染めも加えて、新しい挑戦のつもりで。もう他人の評価とか気にせず、やりたいこと詰め込んで、いちばん自由に無心で作った作品ですね。それが大賞に選ばれたのは、本当に驚きでした。
竹垣 それぞれの思いを込めて出品してくれたんやね。それで展示自体はどうでした?自分の作品も、他の作品も見てみて。
久保田 様々なジャンルの作品が並んでいて、単純に見ていて楽しいな、と。普通の公募展だと同じジャンルの作品が並ぶので、私の場合、版画の界隈の中でだけ考えてしまっていて、いつしかジャンルごとの決まりに縛られていたということに、今回あらためて気づかされましたね。もっと自由でいいんだって。でも自由なのは良いのですが、一方で同じジャンルの作品が並ぶことでレベルというかクオリティを高め合うこともできるので、ZERO展では、そういう同じ技法の人同士での意見交換や、審査員の方から作品へのコメントも優しいものばかりで、もっと厳しいご指摘もいただきたかったな、という部分で、偉そうですけど、少しもの足りなさもありました。
竹垣 確かに、ZERO展の、ゆるくて、自由で、みんな優しいところは、いいところでもあるし、レベルを高めていこうっていう部分では足りないところもあるかもしれないね。
大濵 自分の作品の展示に関しては、ちょっと難しくて、うまくいかず悔しかったです。もっと会場に合わせて作った方がいいのか、自分のやりたいことを優先すべきか、悩みどころです。あと、展示の時に、大きい脚立がもっとたくさんあればいいのに(笑)
竹垣 それは美術館に言うて(笑)
河合 私の作品は、今回パネル張りしてたので迷わず設営できました(笑)。間隔は難しかったですけど。他の作品に関しては、本当にバラエティに富んでいて、お客さんも見ていて楽しいだろうな、と思いました。だから久保田さんの言った、作家側の技法の研究とか高め合いという面では弱いかもしれないけど、一般のお客さんに見てもらうっていう意味では、全体的にすごいいい展示で、面白いなと思います。私自身、広い意味ですごく刺激を受けました。
竹垣 ありがとうございます。最後に、それぞれの今後の目標というか、展望をお聞かせください。
久保田 とりあえず、銅版画をこれからも続けていけるだけで幸せかなって思います。今描いているテーマで自分自身にしっくりするところまで突き詰められたらいいなって思います。
大濵 自分の課題は、作品作りとの距離感をどう取っていくか、だと思っています。いかに楽しく作品作りを続けていけるか、生活とのバランスを取っていくか、そういうことを考えながら、作っていきたいと思っています。
河合 とりあえず「続ける」ことですね。今度、大濱さんも一緒なんですが、「工芸のちから」という展覧会に出すことになっていて、そこには、使える物、売れる物を出すんです。アート作品としてだけでなく、商品というか、そういう物もちゃんと作って幅を広げていけたらな、と思っています。
竹垣 なるほど。みんな若いし、これからの活躍を心より期待しています。今日は、本当にありがとうございました。
作家略歴
河合 芙幸 かわい・ふゆき
1991年 大阪府出身
2016年
大阪芸術大学大学院 芸術研究科 博士課程前期 芸術制作専攻 修了
2014年
五彩あやなす その2 軽薄長大と繊細巧緻(京都)
2016年
インテリアテキスタイルヤングジャパン2016(東京)
あやなす展 Small Works -卓上風景- (伊丹市立工芸センター)
プロジェクト京2016(兵庫)
2018年
KONANS(Relik/大阪)
2019年
出かけるアート(楓ギャラリー)
Art Loop(ai gallery)
久保田 晴名 くぼた・はるな
1989年 茨城県出身
2013年
大阪芸術大学大学院 芸術研究科 博士課程前期 芸術制作専攻 修了
2012年
第11回 南島原市セミナリヨ版画展 入選
2013年
第67回 堺市展 入選
2014年~15年
黎明展
2015年
第61回 全関西美術展 入選、 アワガミ国際ミニプリント展2015 入選
2016年~
草創、 18・20・21展
2017年
第13回浜松市美術館版画大賞展 入選
大濵 千尋 おおはま・ちひろ
1993年 兵庫県出身
2016年
大阪芸術大学 工芸学科 テキスタイル・染織コース卒業
2016年
堺アルテポルト黄金芸術祭連携イベント参加
2017年
住まいと暮らしの道具展(ギャラリー北野坂)
帰るトコロ展(ai gallery)
2019年
出かけるアート展(楓ギャラリー)
現在 大阪芸術大学工芸学科テキスタイル・染織コース非常勤副手